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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)64号 判決 1979年8月16日

控訴人 中野治

右訴訟代理人弁護士 篠田健一

被控訴人 重菱建機株式会社

右代表者代表取締役 今井保夫

右訴訟代理人弁護士 山口幹夫

主文

原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨の判決

二  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」

との判決

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、建設機械の販売等を目的とする会社であるが、昭和五三年三月一一日、第一審被告松村商機こと松村宗樹(以下「松村」という。)に対し、日産機械株式会社製ミニバックホーN3型一台(機械番号七八〇一〇四、以下「本件機械」という。)を代金三一〇万円、契約締結と同時に内金六〇万円を支払い、残金二五〇万円は同年六月から昭和五四年三月まで毎月末日限り二五万円ずつの一〇回分割支払とし、右代金が完済されるまでは被控訴人に本件機械の所有権を留保する旨の約定で売り渡した。

2  ところが、松村は、契約締結と同時に支払うべき内金六〇万円を支払わないばかりでなく、分割支払のために振出交付することを約束していた約束手形も振出交付しなかったので、被控訴人は、昭和五三年五月二二日、松村との間で本件機械の売買契約を合意解除した。

3  控訴人は本件機械を占有している。

4  よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件機械の所有権に基づいて本件機械の引渡を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因3の事実は認めるが、同1・2の事実は知らない。

三  控訴人の抗弁

1  被控訴人は、松村が本件機械を商品として他に転売することを承知してこれを松村に売り渡したものであり、この意味で松村は実質的には被控訴人の販売代理店の関係にあるというべきであるから、右売買契約に関して被控訴人・松村間に所有権留保特約があったとしても、それは松村の店舗内に存する在庫品について被控訴人の権利を確保するという意味を持つだけの内部的事情にすぎないのであって、右特約を善意の第三者である控訴人に主張することはできないものというべきである。

2  また、仮に本件機械が被控訴人の所有であったとしても、控訴人は、昭和五三年三月五日、松村との間で、松村から日産機械株式会社製ミニバックホーN3型一台を代金四〇〇万円で買い受ける旨の契約を締結し、同月二〇日すぎころ右売買契約の履行として松村から平穏・公然に本件機械の引渡を受けたものであり、しかも、控訴人は、その際本件機械が松村の所有であると信じ、かつ、そのように信ずるについて過失がなかったから、善意取得により本件機械の所有権を取得した。

3  仮に右主張が容れられないとしても、松村が控訴人方に本件機械を納入した際、被控訴会社大阪営業所長井上義治が、本件機械のメーカーである日産機械株式会社の社員とともに松村に同行して、松村の控訴人に対する前記売買契約の履行に協力しているのであり、しかも、控訴人は、前記のとおり本件機械が松村の所有であると信じ、かつ、そのように信ずるについて過失がなかったうえ、買受代金もすでに松村に完済しているのであるから、右のような事情のもとで被控訴人が控訴人に対して本件機械の引渡を求めることは、権利の濫用として許されない。

4  また、仮に被控訴人・松村間の本件機械売買契約が合意解除されたとしても、民法五四五条一項但書の趣旨に照らして、被控訴人は、右売買契約の目的物である本件機械につき松村からこれを買い受けて新たに利害関係を有するに至った控訴人に対し、右合意解除の効果を主張しえないものというべきである。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  抗弁2の事実は否認する。控訴人は、松村から本件機械を昭和五三年三月五日に購入したと主張するが、被控訴人が松村に本件機械を売り渡したのが同月一一日であるから、控訴人は現物も見ないで本件機械の売買契約をしたことになり、いかにも取引の常識に反し不自然というべきであり、控訴人主張の売買契約の成立は疑わしい。

仮に右売買契約が成立したとしても、控訴人が松村を本件機械の所有者であると信じたことにつき過失がある。すなわち、控訴人は、被控訴人・松村間の本件機械売買契約が成立した右三月一一日当時においては、当時すでに倒産していた松村が代表取締役である株式会社マツムラの株主であり、松村に資力も信用もないことを十分知っていたから、松村が建設機械売買取引では通例とされている所有権留保特約付で本件機械を買い入れたものであることを当然気付くべきである。また、控訴人は、土木業を営む者であって、本件機械以外にも同種の機械の買入れをしていたのであるから、この種建設機械類の売買は、いわゆる現金取引でない場合はすべて所有権留保特約付売買であることを知りうる立場にあったものであり、したがって、控訴人としては、松村から本件機械を買い入れる際、松村に対し、本件機械の仕入先の氏名を問い合わせるなり、契約書の閲覧を求めるなりすべきであった(そうすれば、松村がこの種特約付で本件機械を買い入れたものであることが容易に知りえたはずである。)のに、これを怠った。

3  抗弁3の事実は否認する。被控訴人が松村に本件機械を売り渡した経緯は次のとおりである。すなわち、本件機械のメーカーである日産機械株式会社は、七、八年前ころから松村が代表取締役をしている株式会社マツムラに対し、商社である大和商会を経由して建設機械を販売していたが、昭和五三年二月ころ松村から、店の前を整地して建設機械のリース業を始めたいので同機械一台を一〇回以上の分割支払にて購入したい旨の申出があったので、前同様に商社経由(いわゆる商社介入)で売買をすることとし、被控訴人にその介入を求めてきた。そこで、被控訴人は、これに応じて、右日産機械から本件機械を買い入れて松村に売り渡すこととし、同年三月一一日、被控訴会社大阪営業所長井上義治が右日産機械の係員とともに本件機械をトラックで松村方に持ち込み、松村との間で請求原因1記載のとおり本件機械売買契約を締結したが、その際松村から、「店の前の整地が未完成のため一時他の場所に置くから、そこへ運んでほしい。」といわれて、右井上らは、松村の案内する場所に本件機械を搬入したのであり、その場所は当然松村が所有もしくは借用しているものと思っていたのであって、控訴人が管理する場所であることはもとより知らなかった。したがって、被控訴人が松村の控訴人に対する本件機械の売買契約についてその履行に協力したということはまったくなかった。

4  抗弁4の主張は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

松村は、松村商機の名称で土木建設機械等の販売業をしていた者であるが、昭和五三年三月ころ、商社である株式会社やまとを経由する方法で以前から取引のあった建設機械メーカーの日産機械株式会社に対し、同会社製ミニバックホーN3型一台を代金分割払いで購入したい旨の申込をした。そこで、同会社大阪支店長松本信一は、松村の右申込にかかる今回の取引については被控訴人経由で進めようと考えて、その旨被控訴会社大阪営業所長井上義治に申し入れたところ、被控訴人もこれに応じることとなり、その結果被控訴人は、同月中旬ころ、松村との間において、被控訴人が右日産機械から買い入れた本件機械を代金三一〇万円、頭金六〇万円は同年五月一五日に支払い、残金二五〇万円は同年六月から昭和五四年三月まで毎月末日限り二五万円ずつ分割して支払うこととし、右代金が完済されるまでは本件機械の所有権を被控訴人に留保する旨の約定で松村に売り渡す旨の売買契約を締結し(右売買契約について作成された「機械割賦売買竝使用貸借契約書」と題する書面(甲第一号証)は、後日被控訴人が作成した契約書用紙に所要事項を記入のうえ松村方に郵送して松村の記名捺印を求めたもので、そこに記載された契約成立日や頭金支払日は実際のそれと異なるものである。)、そのころ本件機械を松村方に搬入して松村に引き渡した。しかし、その代金は、頭金ばかりでなく分割金も全く支払われなかった。

右認定事実によれば、被控訴人は、松村との間で本件機械の売買契約を締結してこれを松村に引き渡したが、同時に右趣旨の所有権留保の特約をしていたのであるから、その代金の支払がない以上本件機械の所有権は依然被控訴人に留保されていたものというべきである。

二 ところで、控訴人が本件機械を占有していることは、当事者間に争いがない。

三 そこで、控訴人主張の抗弁について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

控訴人は、水道配管等の土木事業を営んでいる者であって、本件機械購入前にも松村から数回事業用機械類を買い入れ使用していたが、昭和五三年初めころ新しい型の機械を買い入れたいと考えてその旨を松村に話した結果、松村の店に備え付けのカタログによって日産機械株式会社製小型バックホーN3型一台を購入することとし、同年三月五日、松村との間において、右機械一台を代金四〇〇万円、納期同月一四日の約定で買い受ける旨の契約を締結して、その旨の契約書(乙第二号証)を作成した。そして、松村は、控訴人に対する右売買契約の履行のために、前記のとおり被控訴人との間で本件機械を買い入れる契約を締結し、同月中旬ころ前記井上らをして本件機械を松村方に運ばせてその引渡を受けると同時に、これをさらに自己が指示して控訴人方に搬入させた。右搬入当時控訴人は不在であったが、その勝手を知った松村は、本件機械を控訴人方の倉庫に納めたところ、控訴人は、その日の夕刻帰宅し、右倉庫に納品されている本件機械を見てこれが控訴人方の勝手を知った松村によって占有し運ばれてきたものであることを察知し、これを松村との間の前記売買契約の履行として納品されたものであるとして松村から完全にその引渡を受けた。そして控訴人は、その後本件機械をその事業のために使用し、また、松村に対し、同月三〇日までに本件機械代金四〇〇万円を、内金一〇〇万円は現金で、内金一〇〇万円は以前控訴人が松村に融通のため交付していた深尾三郎振出の約束手形二通(額面合計一〇〇万円)の手形金相当額返還請求権と相殺する方法で、内金一〇〇万円は控訴人振出にかかる約束手形五通(額面合計一〇〇万円)を交付して、残金一〇〇万円は控訴人が一〇〇万円を出資して保有していた、松村が代表取締役をしている株式会社マツムラの株式を代物弁済として松村に譲渡する方法で、それぞれ支払い、右各約束手形はすべてその満期のころ(最終満期同年一一月一五日)決済された。

2  右認定事実によれば、控訴人は、昭和五三年三月五日、松村との間でカタログにより不特定物である日産機械株式会社製小型バックホーN3型一台を買い受ける契約を締結し、同月中旬ころ、右売買契約の履行として、松村から本件機械を同契約の目的物として、特定されたものとしてその引渡を受け、松村に対し同契約に基づく売買代金をすでに完済したものというべきである。被控訴人は、控訴人が現物も見ないで本件機械の売買契約を結んだのは取引の常識に反し不自然であると主張して、控訴人・松村間の右売買契約の成立を争うか、同契約は、前記のとおり最初から目的物が本件機械であると特定してなされたものではなく、いわゆるカタログ販売であるから、被控訴人の右主張はその前提を欠くものといわなければならない。

ところで、控訴人は、被控訴人・松村間の本件機械売買契約に所有権留保の特約が付されていたとしても、被控訴人は、松村が本件機械を商品として他に転売することを承知してこれを松村に売り渡したものであり、この意味で松村は実質的には被控訴人の販売代理店の関係にあるというべきであるから、松村から本件機械の転売を受けた控訴人に対し右特約を主張することは許されない旨主張するところ、右主張の趣旨は、売買目的物の所有権を留保した売主が買主に対して当該目的物を買主の名で他に転売する権限を授与したときは、右転売授権に基づいて買主から当該目的物の転売を受けた者はその物の所有権を有効に取得することをいわんとするものと解されるので、この点について検討する。

およそ流通過程にある商品につき買主が当該商品の転売を目的とする商人である場合には、その買主と売主との間の商品売買契約にいわゆる所有権留保の特約が付されたとしても、特段の事情がない限り、売主は、買主がその通常の営業の枠内でその商品を自己の名において転売することを承諾しているものと解するのが相当である。しかも、このような場合、売主としては、右のようにして買主に転売授権を認めた以上、一方で買主に転売授権をしておきながら、他方では売主・買主間の内部的な所有権留保特約を理由に、その転売授権に基づいて当該商品を買い受け、代金を完済した転買人の所有権取得を否定するということは、商取引における信義則に照らして許されないものというべきであるから、当該商品が右の転売授権に基づいて買主である商人の通常の営業の範囲内で転売された場合において、転買人が代金を完済しもはや買主が転買人に対して転買人の当該商品の所有権取得を争えなくなったときは、売主に留保された所有権は失われることを当然に承認しているものと解するのが相当である。したがって、買主から転売授権に基づいて商品を買い受け、代金を完済した転買人は、売主・買主間の所有権留保特約にもかかわらず、その商品の所有権を有効に取得するに至るものというべきである。

これを本件についてみると、前記一に認定の事実によれば、被控訴人は、土木建設機械等の販売業を営む商人である松村に本件機械を売り渡したものであるから、特段の事情がない限り、松村に対し本件機械を他に転売することをも授権したものというべきである(ちなみに、当審証人松本信一の証言によってもこの授権の事実がうかがい知られるところである)。もっとも、前掲証人松本信一及び同井上義治は、被控訴人は松村に対し同人が本件機械をリースに出すために販売したものであるとの趣旨の供述をするが、前掲証人松村宗樹の証言に対比しにわかに採用しがたく、他に右特段の事情を認めるべき証拠はない。そして、控訴人が松村から本件機械を買い受け、その代金を松村に完済したことは前記認定のとおりであるから、これによって、被控訴人は留保していた本件機械の所有権を失い、控訴人はその所有権を有効に取得したものといわなければならない。

3  そればかりでなく、仮に松村に対し右趣旨の転売授権がなく、したがって同人としては本件機械につき無権利者であったとしても、《証拠省略》によると、本件機械は、自動車のような登録等を公示方法とするものではないことが認められるから、民法一九二条の適用を妨げない動産であるというべきところ、前記三1に認定の事実によれば、松村は、前認定のとおり、控訴人との間の売買契約の履行として、松村が被控訴人から引渡を受け占有した本件機械を控訴人方倉庫に納入したところ、即日控訴人は、右納入された本件機械が松村において約旨どおり仕入先から仕入れて占有した機械で、同人によって右倉庫に運び込まれたものであることを知ってその引渡を受けたものであるから、控訴人としては、松村が控訴人との間の売買契約の履行のために本件機械を仕入先より仕入れてその所有権を取得し、これを控訴人に引き渡すものと信じて、松村から平穏・公然に本件機械の占有を承継したものと認めるのが相当であり、しかも、右によれば、控訴人は、本件機械が松村の所有であると信じたことにつき過失がないものと推定すべきである(最高裁判所昭和四一年六月九日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一〇一一頁参照)。

ところで、被控訴人は、控訴人が本件機械の所有者を松村であると信じたことにつき過失があると争うので、この点について検討する。

控訴人が水道配管等の土木事業を営む者であり、本件取引以前にも同事業に使用する機械類を松村から数回購入していることは前記認定のとおりであり、また、松村が土木建設機械類の販売を業とする者であることも前記認定のとおりであるところ、この種建設機械類を販売する販売店とこれを購入するいわゆるユーザーとの間の売買契約は、通常割賦販売の方法により、代金が完済されるまでは販売店においてその機械類の所有権を留保する旨の特約付でなされる場合の多いことは《証拠省略》によりこれを認めることができるから、このようなユーザーからさらにその機械類の転売を受けようとする者は、販売店に当該目的物の所有権が留保されていないかどうかを確かめるべきであるとするのは格別、ユーザーが販売店からこの種機械類を購入する場合においてまで(たとえ過去に当該販売店から同種機械類を購入したことがあったとしても)、当該販売店がその機械類を仕入先から仕入れるに際しても、その契約上右の同旨の所有権留保特約が付されていないかどうかまでを当然に疑い、被控訴人が主張するようにその仕入先の氏名を問い合わせたり、契約書の閲覧を求めたりするべきであるとするのは、この種業者による機械販売の実情にそわないものであって、いささか酷に過ぎるものといわなければならない。したがって、控訴人が松村に対し右のような問合わせ等をしなかったからといって、この点控訴人に過失があるということはできない。

また、《証拠省略》によると、控訴人は、松村との間の本件機械売買契約締結当時松村が代表取締役である株式会社マツムラの株主であったこと、右会社はその後間もなくして事実上倒産したこと、控訴人と松村の両名はかねてより同じ頼母子講に加入したりしていたことがあったこと、以上の事実が認められ、控訴人がその保有する株式会社マツムラの株式を本件機械購入代金の一部の代物弁済として松村に譲渡していることは、前記認定のとおりであるが、右認定の事実関係から直ちに控訴人が松村に資力も信用もないことを十分に知っていたものと速断することもできず、また、控訴人において松村が本件機械を所有権留保特約付で仕入れていることを当然に気付くべきであったということもできない。そのほか、前記の推定を覆して、控訴人が本件機械の占有を取得した当時松村を本件機械の所有者であると信じたことにつき過失があることを認めるべき証拠はない。

そうすると、控訴人は、たとえ松村が本件機械につき無権利者であったとしても、民法一九二条により、本件機械の所有権を善意取得したものといわざるをえない。

四 以上の次第で、いずれにしても控訴人は本件機械の所有権を取得したものというべきであるから、本件機械所有権に基づく被控訴人の控訴人に対する請求は失当として棄却を免れない。

よって、右と結論を異にして被控訴人の控訴人に対する請求を認容した原判決は相当でないから、これを取り消して右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 唐松寛 裁判官 藤原弘道 平手勇治)

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